猫の茶碗

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落語の「猫の茶碗」では、2人の商売人のやりとりに連れ、猫の価値と茶碗の価値が上下する。この、価値のないところに価値を生み出してしまう話は、聴衆の射幸性と好奇心に訴える。

同様な価値の高下は製造業でも数年単位で起きる。例えば、半導体業界では、1990年代までは開発と製造の垂直統合が価値を生み出していたが、2000年代には、TSMC (Taiwan Semiconductor Manufacturing Company) を始めとする半導体製造委託業が製造ノウハウを蓄積する一方、クアルコムのようなファブレスメーカが開発・設計の知的財産権を蓄積し、専業化による投資の集中と規模の経済が強みを発揮するようになった。自動車業界においても、従来通り完成車メーカーが業界の主導権を握るのか、googleのようなサービス提供者が覇権を把るのか、関係者は注視している。

製造業で働く身としては、こういう価値を生み出す場に立ち会えることを切に願う。布団に包まって落語を聞いているわたしは「猫の茶碗」の猫ほどの価値もないけれども、そういう場では猫の手ほどの価値はあるだろう。